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2014年4月入学式 学長式辞

2014.04.07

宮城学院女子大学に入学した皆さん、そして大学院に進学した皆さん、誠におめでとうございます。

 

本日ここに、みなさんをお迎えできましたことは、わたくたち宮城学院の一同にとって、このうえない歓びとするところです。
また、皆さんをここまで育て支えてこられたご家族や関係者の方々に対しましても、心よりお祝いを申し上げます。生まれたばかりのひ弱だったあの赤ちゃんが、ここまで育ったことに感無量の思いを抱いておられることと思います。

 

入学し進学したみなさんも、これまで慈しみ、献身的に支えてくださった家族や関係者の方々に対して、感謝の気持ちを忘れないようにしていただきたいと思います。感謝の気持ちこそ、思いやりに通じ、人と人との関係を穏やかに、かつ豊かにしてくれます。感謝の気持ちこそ、人格形成や対人関係にとって、もっとも大切な心のありようだということができます。

 

宮城学院はキリスト教の教えを建学の精神としていますが、その根底には、いま自分が生かされていることを神に感謝する心があります。これまで無事に生きてくることができたことを神様に感謝すると共に、海のように深い、そして空のように高くて広い愛情を注いでくれた保護者の方々にも、この晴れやかな入学式の日に、感謝の言葉を伝えていただきたいと思います。それこそが新しい人生の門出にふさわしい、旅立ちの言葉になるのではないでしょうか。

 

さてここで、みなさんが入学された宮城学院女子大学とは、どのような大学であるのかについて紹介をいたします。

 

本学の前身である宮城女学校は、今から一二八年前の一八八六年(明治一九年)に創設されました。創設者はキリスト教の伝道者である押川方義であり、初代校長にはアメリカから派遣された宣教師のエリザベス・プールボーが就任しました。まだ校舎ができておりませんでしたので、授業は東二番丁の個人の屋敷ではじめました。教員は外国人教師が二人、生徒は一〇名だったとのことです。しかしその後は徐々に学生数も増え、東北地方における高等女子教育のさきがけとして、大きな役割をはたしていくことになりました。
戦時中の一九四三年には宮城女学校から宮城高等女学校に校名の変更がなされ、戦後の一九四六年(昭和二一年)には宮城学院高等女学校となりました。さらにそれから三年後の一九四九年に新しい学校制度のもとで宮城学院女子大学が設置されています。また翌年の一九五〇年には宮城学院女子短期大学も開設されました。

 

戦後の民主主義社会の幕開けとともに、宮城学院も生まれ変わり、新しい女子教育に携わっていくことになったのです。

 

一二〇年を越える歴史をもつ学校は、それほど多くありません。宮城学院はミッション系の学校として、たいへん古い歴史と伝統をもつ学校だということができます。みなさんは、その伝統を引き継ぐ宮城学院女子大学に入学されました。卒業生の多くの方々は、そのような宮城学院に愛着をもち、卒業生であることに誇りをもってこられました。みなさんもこれから充実した学生生活を送り、先輩の方々と同様に愛校心を育んでいっていただきたいと思います。

 

ところで、いまこの東北の地は、大変な苦難にあえいでいます。二〇一一年三月一一日、東北地方太平洋沖を震源とするマグニチュード9の地震は、巨大な津波を発生させ、沿岸地帯の人々の多くの命を奪いました。ここに参列しておられる皆さんの中にも、身近な人を亡くし、深い悲しみを抱いている方がおられるのではないでしょうか。
相手が自然であれば、自然の力の大きさと人間の力の限界をかみしめながら、亡くなった方々のご冥福を祈るしかありません。しかしこのたびは、そうした自然災害だけではなく、原子力発電所の爆発という巨大な人災も発生しました。放射能汚染から逃れるために大変多くの人たちが避難を余儀なくされ、家を失い、職場を失い、学校を失い、故郷を失ってしまったのです。

なぜこのような事態になったのでしょうか。社会ではさまざまな議論がなされています。もちろん、災害への備えがなされていなかったわけではありません。しかし一方で、近代科学技術の進歩によって人間が自然を克服できるようになったという過剰な自信が、自然の驚異に対する過小評価を生み出したという理解も出されています。
地震や津波には周期性があると言われております。したがって数十年後、数百年後には再び同様の事態が発生する可能性があります。東日本大震災という途方もない大災害の経験をふまえて、私たちは来たるべき災害への備えを充実させていかなくてはなりません。そのためには防潮堤といったハードな構造物に頼るだけではなく、みずからの命を守るための判断力を、みなさん自身が身につけていくことが求められます。これからの大学生活のなかで、防災や減災の方法ということも学びの目的の一つとしていただきたいと思います。また、被災地の復興と東北の再生に貢献できる知力と学力を磨き上げてください。

 

もう一つ留意しておきたいのは、今回の大災難に直面して、多くの人たちから、神はなぜこのような苦難を与えるのか、という問いかけがなされたということであります。私自身もそうでした。これは信仰をもつ者も、もたない者も、素朴に抱く関心だったと思います。みなさんの中にも、こうした問いかけをした方がおられるのではないでしょうか。この質問に対して、聖職者だけではなく、さまざまな方々が答えようとしました。また答えることに窮した人たちも少なくなかったと思います。その答えを聞いて納得した人もいるでしょうし、納得できない人たちもいるのだと思います。

 

しかしこうした問いかけは、他者に向けるだけではななく、自分に対しても向けることが望まれます。キリスト教の神であれ、日本的な神や仏であれ、そうした問いかけに直接的に答えてくれることはありません。最終的にその問いに答えを出すのは、自分自身にほかなりません。
自問自答をする、という行為は、自分との対話であると同時に、心の中にある超越的な存在と対話するということなのだと思います。超越的な存在に語りかけ、問いかけていくことによって、超越的な存在との対話が成り立つのです。その超越的な存在をイエスを通して認識するのがキリスト教ですし、釈迦を通して考えるのが仏教だということができます。世界にはそのほかにもいろいろな宗教があります。心の中の、わが内なる神との対話を試みてみましょう。

 

その問いかけのよすがとして、キリスト教大学である本学では、毎週礼拝の時間を設けております。神と対話がしたくなったら、自分の内なる心と向き合いたくなったら、礼拝堂に足を向けてください。沈思黙考することによって、自分の内面が見えてくるようになりますし、神の姿が見えるようになってくるかもしれません。そして生きる力を与えてくれるでしょう。

 

私たちに生きる力を与えてくれるもの。それは祈りだけではありません。「学ぶ」ということも、皆さんの人生に大きな力を与えてくれます。

 

大学での勉強の仕方は、学習することとともに、研究するということが重視されます。大学での学びは覚えることだけではなく、調べて考えることが重要な内容になります。これは知識を得るとともに、知恵をはたらかせるということです。実験をしたり、論文を書くということだけが研究ではありません。研究とは究明すべき課題を設定して、みずからその回答を求めていく行為のことです。だからこそ学びは、受け身ではなく、主体的・積極的な行為となるのです。みなさんが大学での学びの魅力をつかみ取り、自分の進むべき道筋を発見してくれることを心から期待しております。
 

最後に、レンガ色と緑があふれる、このすばらしいキャンパスで、皆さんが、良き師、良き友と出会い、健やかに、たくましく成長されることを願って、私の式辞といたします。
本日は入学おめでとうございます。

 

2014年4月4日
宮城学院女子大学
学長 平川 新

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