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音楽科教授 及川浩治

2014.06.24

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レコーディングのこと

私には、学生さんたちに「ピアノ実技」を教える時とは別に、演奏家・及川浩治としての顔があります。オーケストラの演奏会にソリストとして参加したり、ソロのリサイタルを開いたり。また、これまでにCDも十数枚、録音しています。

ピアノソロのCD録音は、どのように行われていると思いますか? 昔はレコーディングスタジオでの録音でしたが、最近はコンサートホールで録音することが多いのです。

通常、録音期間は3日間。1日目はほぼマイクのセッティングだけで終わります。演奏家は「練習していてください」と言われてひたすら弾き続け、その間にエンジニアの方が、最もいい音が拾えるベストポジションを探すわけです。ホールによって、演奏家によって、音の飛び方が違うので、その作業にとても時間をかけるのです。

ずっと弾いていると、ピアノの音が狂ってくることがある。すると調律師さんが飛んで来て直します。調律師さんはレコーディングの間、付きっきりです。

このピアノの音というのがなかなかくせ者。コンサートでもそうですが、ピアニストはバイオリニストのように自分の楽器を持ち歩けませんから、会場のピアノを弾かなくてはならない。もちろん、コンサートを行うようなホールには良いピアノが置いてあるのですが、問題は使用頻度なんです。

地方の市民会館などに行くと、高価なピアノは大切にされすぎていて、しばらくぶりに弾いても「鳴り」が悪いんです。新品のピアノも同じですが、弦をたたくハンマーに張ってある白いフェルトが、ある程度固くなって来ないと音が伸びない。巧い人、一流の人が使っていると、どんどんいい状態になっていく。だから一流のホールというのはピアノの状態もいいのです。

レコーディングはたいてい地方のホールで行うので、最初の一日はとにかく弾いてピアノを眠りから覚ます。その間にエンジニアがマイクの位置を決める。だから本格的に曲を録音するのは2日目です。朝から本気モードで弾きます。約1時間分のCDを録音するのに、何曲も弾きますから、かなり疲れます。1曲あたり3テイクくらい弾くと、今度は楽譜をチェックする係の人が演奏と楽譜を付き合わせる。ミスタッチはもちろん、「和音の中のこの音が少し薄い」という所まで全部チェックして楽譜に書き込んでいきます。それを見ながらまた弾いて、2日目にほとんどの録音を終え、3日目は撤収があるので少し残す程度にしておきます。

ところが、会場によっては3日目になってものすごく音が良くなってくることもあるんです。するとエンジニアから「すみません、もう一度全部通して弾いてもらえますか?」と鬼のような指令が……。ええーっ!と思いながらも、こんなこともあろうかと用意しておいた燕尾服に着替えて(普段、録音の時はジャージです)、コンサートをやるつもりで通して弾き、結局そのテイクが使われたということもありました。

音楽は生き物ですから、何度も弾いて、いい所だけを選んで編集するのはなかなか難しいんです。弾く度にニュアンスやテンポが違うし、響き方も変わる。特に私はその時のテンションやインスピレーションを大事にして弾くタイプなので、できるだけ長いテイクで録ります。

聴いてくださる方は、CD録音はその演奏家のその曲への解釈の決定稿だと思いがちなのですが、プロになって思うのは、その瞬間のその演奏家の記録だということ。演奏は日々変わって行きます。そうでなければ成長はないし、だからこそライブに魅力があるんです。

オーケストラとの演奏会

ライブと言えば、先日5月24日には、日本フィルハーモニー交響楽団のコンサートにソリストとして参加しました。指揮者は敬愛するマエストロ・小林研一郎先生。胸を借りるつもりで、自分なりのやりかた、歌わせ方をぶつけたつもりです。曲目はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。ラフマニノフは自分自身が大ピアニストでしたから曲自体が難曲なのですが、それにも増してやはりオーケストラと合わせるのは難しい。ですが、リハーサルでは一回通して演奏するだけ。あとは本番。それでも、まるで何回も合わせたかのように指揮者やオーケストラと一体感のある演奏をして、お客様に音楽を伝えるわけです。

 

そのためには、ただ楽譜通りに指を動かしていればいいわけではなく、呼吸を含め、自分の表現が、必然的に聞こえる音楽を作っておく必要があります。それができていれば、コンチェルトでも問題はそれほど起こらない。でも、それが若い頃はなかなかできないものです。その点で、本学の学生は恵まれていると思います。コンチェルトを勉強する機会がありますから。

 

本学では毎年秋に音楽科コンサートを開いており、ソリストやアンサンブルの奏者は学内のオーディションで選ばれます。合格して本番で演奏をするのは一人か二人ですが、オーディションのためにコンチェルトを勉強できる、これはとても重要なことです。大きな音楽大学ではあまりないことです。

表現すること、感動すること

私は高校生の時に、生涯の師と言えるコンスタンティン・ガネフ先生と奥様であるジュリア先生に出会いました。そして、二人の人柄と音楽性に惚れて、当時先生方がいらしたブルガリア国立ソフィア音楽院に留学。それから練習の虫になりました。その後、私が帰国した翌年に、ガネフ先生も東京の音大に招かれ、昨年ジュリア先生が亡くなるまでずっと、約20年にわたって日本で教鞭をとられていた。だから私は先生の門下生の中でも一番長く、先生と接していたという自負があります。大事なコンサートの前や新しい曲を演奏する前には必ず先生に一度聴いていただいていました。

 

2011年の5月にジュリア先生が倒れられた時に、お二人が帰国されることによって、せっかくの先生の教えが日本から薄れて行くのはとても残念だと思いました。そんな時に、宮城学院で教鞭をとらないかというお話をいただいた。これも何かの巡り合わせではないかと感じています。

 

宮城学院女子大学の音楽科は、本当にいろいろな経験ができます。自分たちでコンサートも企画して作れるし、演奏することもできるし、前述したように年に一度の大きなコンサートも開いている。やる気のある学生にとって、本当にたくさんの経験の機会があるんです。また、学科の先生方みんなが、学生一人ひとりを成長させたいという気持ちでいます。自分が担当していない学生さんのこともよくわかっている。少人数だからということもあり、行き届いた指導が行われていると思います。

 

音楽を極めようとすれば、もちろん苦しみも伴います。でも、自分が美しいと思ったり、素晴らしいと思っていることを表現する、表現できるということは、とてもとても幸せなことです。ぜひ私たちと一緒に、音楽をすることの喜びを感じて欲しいと思います。
そして、音楽というのは感動するもの、熱いものなんだということを伝えたい。今の若い人はなかなか素直に「感動」を外に出さないけれど、自分も感動し、聴き手を感動させる、そういう勉強をぜひ一緒にやっていけたらなと思っています。

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