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国際文化学科教授 J.F.モリス

2012.03.07

国際文化学科のJ.F.モリスです。生まれはオーストラリアですが、21歳のときから日本に住んでいます。
 最初は、留学生として東北大学で日本の歴史を研究していましたが、その後、宮城学院女子短期大学の国際文化科、今の国際文化学科の前身で、「日本文化論」を担当することになりました。留学にきたのが1974年ですから、40年近く日本で暮らしていることになります。

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「日本文化論」といいますと、多くの学生は、「日本の生活習慣を外国人に説明できるようになるための授業」と想像するようです。実際、学生に「外国人に日本のことを説明してください」と指示した場合、日本の伝統芸能や文化を取り上げて説明しようとします。そして、ほぼきまって、途中で言葉に詰まり、うまく説明できなくなるものです。
そうなってしまうのは、単純に英語力だけが問題になっているのではなく、そもそも説明しようとしている本人が、実のところ、そのような「日本文化」について、しっかりと理解できていないためです。

 しかしながら、日本の伝統文化を学んで外国人にスラスラと説明できるようになるのが「日本文化論」という授業の目的かというと、そうでもありません。そのような事柄に興味があるならば、日本文学科に入学して、日本の文学や伝統芸能について学んだほうがよいと思っています。

 「日本文化論」では、日本人が自分たちの文化的なアイデンティティ、つまり「日本人とはなにか」、「外人とはなにか」、という境界線をどのように考えているかを、勉強する学問です。
 難しく聞こえるかもしれませんが、スポーツの世界を見れば、非常に分かりやすいはずです。サッカーやスケート競技の世界においては、「日本人」・「外国人」の境界線が非常に曖昧になっています。見た目が日本人ではない人が日本の代表チームの選手に選ばれたり、見た目と名前が日本人なのにロシア人としてアイスダンス競技に参加したりしている選手をみると、何をもってして「日本人」と「外人」をわければよいか、悩むはずです。

 あるいは、日本人の行動の特性といわれている集団主義的な行動を分かりやすく示した映画を薦めるとするならば、「ハリー・ポッター」シリーズの第1作を第一候補に挙げたくなります。
 このように、日本人だけの特徴といわれている事柄の多くは、はたしてそうであるのか、よく考えてみると必ずしもそうともいえないことに気付くはずです。なのに、なぜ人々は、「日本人」と「外国人」の違いについて語りたがるのでしょうか。「日本文化論」の授業では、日本とは何かについて考えますが、それは皆さんが予想するような「日本人と外国人を区別するための特徴」の羅列ではなく、この国の社会と文化について、冷静にその現状を見つめた上で、現代の日本社会における文化と意味について学ぶ授業です。
例えば、毎年国内実習を行い、京都で学生が主体的に調査を行なう授業を行なっていますが、単に旧跡名所をめぐることをせずに、京都の人たちが、その文化を守り伝えるためにどのような苦労と工夫をしているかという観点から調査します。こうした観点から学ぶ「日本の文化」に少しでも興味を持った方は是非、一緒に学びましょう。

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