ミヤガクのことがわかる絶好のチャンス!オープンキャンパスに行こう

一般教育科准教授 小羽田 誠治

2008.09.30

080912

こんにちは。一般教育科(現在、人間文化学科所属)の小羽田誠治です。大学では中国語や中国の歴史を教えています。
 宮城学院は良いところ。3年前に赴任して以来,ずっと持ち続けている感想です。が,もちろん不満もないわけではありません。その筆頭が「囲碁が打てない」ことです。というわけで,今回は囲碁について語らせてもらいます。そこのあなた,ページを閉じようとしないように……。
 「囲碁」とは何か。黒石と白石を交互に打って,陣地を取り合うゲームです。オセロではありません。五目並べでもありません。19マス×19マスという広い盤の上で,石を使って文字通り空間を囲いあって,面積の大きさを比べるのです。ルールはとても単純なのですが,その過程でお互いの境界争いが起きて,局面は複雑になっていきます。歴史は二千年以上に及びますが,いまだに未知のことばかりです。深いです。

 

 「囲碁」の魅力はどこにあるか。私は「自分で考え,全体を見て判断する姿勢」が養われることにあると思います。囲碁は自由度が非常に高く,時には目的もはっきりしないなかで,自分で「今,何が重要か」を考えていくという作業が続きます。対局中は誰も何も教えてくれません。自分に都合の良いように相手に命令することもできません。世の中,わからないことだらけで,人はつい自分で考えるのをやめてしまったり,他人に判断をゆだねて責任を押し付けたり,小さな部分にこだわったりしてしまいます。そんな姿勢を囲碁はいましめてくれるのです。

 

 私が囲碁を始めたのは高校時代ですが,大学時代まではずっと暇つぶし程度。本格的に始めたのは大学院に入ってからで,本を読みあさったり,プロに指導を受けたりと,本業の勉学はそっちのけでのめりこんでいました。気がつけば,ネットでは仲間を指導する立場になり,それが今の教育のやり方に活かされているかどうかはわかりませんが,とにかく,大学院生になってここまで強くなった人は多分いないでしょう。……決して褒められたものではないですね,自覚しております。

 

 ここに赴任してからは,環境の変化や仕事の忙しさなどで,少し遠ざかり気味でしたが,最近,また囲碁熱が復活しつつあります。一部の学生たちを無理やり巻き込む勢いで,そして仕事がおろそかになりそうで,非常にまずいですね。そして先日,久しぶりに中国に行ってきたのですが,そこでも現地の人たちと碁盤を囲んでいました。そのとき撮ってもらったのが上の写真です。囲碁には「手談」という別名もあって,言葉ではなく手で語り合うという意味ですが,それを国境を越えて実現できたというわけです。

 

 また,「囲碁を通じて100年の付き合い」という言葉があります。若い頃は50歳も上の人と,歳をとってからは50歳も下の人と,対等に交流ができるということです。国境を越えて交流できるという点もそうですが,つかの間の流行を追うのが当たり前になっている現在の日本で,こんなに長く変わらず続けられる趣味に出会えるなんて,素晴らしいことではないでしょうか。素晴らしいですよね? いや,素晴らしいに決まっています。

 

 ……はい。皆さん,囲碁を始めてみましょう。

 

エッセイ トップへ

リレーエッセイの記事