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教育学科・健康教育専攻 准教授 村野敬一郎

2016.06.06

みなさん、こんにちは。教育学科・健康教育専攻の村野敬一郎です。一年生のクラス担任と専攻のまとめ役をしています。健康教育専攻は養護教諭と中高の保健 体育教諭を養成する、この4月に開設されたばかりの真新しい専攻です。一期生の皆さんたちと、それぞれの夢の実現に向け、新しい歴史づくりの一歩が始まり ました。こぢんまりとした専攻で、過日(5月中旬)学内で開かれた「新入生歓迎スポーツ大会」にも皆で参加し、専攻の体育の先生(篠原先生)の大活躍もあ り、勝っても負けても楽しい一日を過ごし、絆が深まったようです。これからの日々が楽しみです。続く仲間たちの入学を心よりお待ちしています。

さて、私は「教育原理」「道徳教育の理論と方法」といった、「先生」を目指す皆さんのための「教育」の基礎理論的な科目を中心に、健康教育専攻だけではな く、他学部・他専攻の教師を目指す皆さんの授業も広く担当しています。科目の名前だけ聞くと少しめんどくさそうですね。

ええ、始めはめんどくさいかもしれ ません。これらの中では、「教育」することの意味や価値、あるいは「教師」としての基本的なものの見方・考え方を、自分の課題として「意識的」に考えても らうことになりますから。……確かに難しそう……

でも、めんどくさくて、難しそうだけど、大切なことで、私は大好きです。なぜか。
私 たちは、普段「どう生きるか」「何のために生きるか」などと大それたことを意識しなくても、普通に生き、他人と暮らし、何らかの人生を送ります。周りを見 回すと、人に優しい人もいれば、嫌な感じの人もいます。人はそれぞれ特に意識しなくても何らかの価値観、思想、哲学というものを持ち、それらに支えられ生 きています。その現れとして、その人の生き方、人生があります。

人が自分のことだけに生きるときは、まあ、その有り様はいろいろと許されるでしょうが、「教師」という仕事・生き方を選ぶとき事情は違ってきます。皆さんの期待通り、「教師」という仕事は、未来を生きる子どもたちの育ちに寄り添う楽しい仕事です。でも同時にその育ちをどう支えるかという責任も伴います。子どもたちにどう向き合い、子どもたちとどこに向かって歩いていくのか。その時、教師たちは、「ただ何となく」ではなく、どうすべきか「意識」的に考えておく必要があります。そこに責任があります。「教育」の基礎的学びは、何がどのように大切で、どこにどのように歩いていけばよいかを考える手がかりを提供する授業です。それを通して自らの価値観や哲学を意識的に問い直すことになり、私にとっても学生さんと共に考え、自分の生き方と向き合うことにもなります。だから大変ですが、楽しくもあり、また大切で必要な時間でもあるのです。

私の「教育」の原点は、スイスのペスタロッチーという教育実践家です。フランス革命前後の時代に活躍した人で、子どもたちと一般民衆の救済を目指して、挫 折と再起を繰り返しながら懸命に人生を生きた人物です。その生き様と思いは私に教育の本質を教えてくれます。彼は私にとって大学時代の大切な出会いです。 現在も授業中、彼の話をする時は、特に幸せで楽しい時間です。彼に限らず、偉人たちは、自身の生きた「時代と社会」という制約の中で思索し格闘することを 通して、新たな世界を切り開いてきました。私たちは「現在」という時代と社会の制約の中で、さらにより良い世界を切り開く努力をしなければなりません。そ の時、先人たちの営みは私たちに何か手がかりをくれるように思います。

何と出会うか、それは多分に偶然に左右される部分があります。ただ、自分を支え、自分の「核」となってくれるもの、情熱を傾けるに足るものと出会え ることはとても幸せなことです。中学・高校と学びの生活を積み重ね、将来のことを考え始めている皆さんにとって、大学生活はこれからの人生の確固たる足が かりをつくる場となってくれるはずです。

宮城学院での学びが、そのようなものとなることを、皆さんの未来を切り開く「何か」との出会いの場となることを願っています。

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